人生よ、上がれ。
遅い。
年齢を書くと、まずはじめに浮かんでくるのが、こちらの形容詞。
「遅い」
16歳からいろんなことに気がついていたら、どんだけ人生変わっていたことか。
あの時、こうしていたら。
あの時、もっとこうしていたら。
そんな後悔マインドが、30歳を越えるとどんどんと、
自動的に発動するようになりました。
そんなマインドが発動するということは、
私は自分の人生がいいものだと思っていない。
いや、言い過ぎかもな。
ある程度は満足はしているんだけれども、
自分でオールをもって、目的地に向かって漕いでいる感じはない。
これまで、何にも考えずに、大衆の流れに乗ることで、安心感につかりながら流れてきたのです。
知名度そこそこの大学に入れたことで、
知名度そこそこの会社に入れたことで、
その川で流れていくことこそが、人生だと思っていた。
苦労なんかしたくない。
痛いことも、大変なことも、何にもしたくない。
ただ、楽に。
でも、その人生じゃオワコンじゃん!(この言葉自体、終わってるか)・・・って、
こんな年齢になって気がついてしまったから、
もう、気持ちが苦しい苦しい苦しい・・・。
これまで順調に、会社に帰属してきたから、自信をもってできることなんて、ないし。。。
でもね、
そう考えても、そう考えなくても、
現実は何も変わっていかない、
ということにも気がつき始めました。
この前読んだ本に、こんなことが書いてありました。
過去が未来をつくるのではなく、「未来が過去をつくる」のです。
(中略)やる気も責任感もない部下がいるとします。はたから見ていると、どうにも使えない。一人前になるとは思えない。しかし、それは「過去の延長線上に未来がある」という前提で部下を見ているからです。
(中略)自分にとって重要なもの、自分が見たいものしか見ていません。部下のことを「デキない」と忌々しく思って見ていれば、デキないところしか見えてきません。
(中略)見方を変えて、「未来が過去をつくる」という見方で部下を見ます。部下が立派に成長したという未来から見れば、「デキない時期があったからこそ、大きな学びと成長が遭った」という過去に変わります。「よい未来」から逆算して見れば、どんな現在も過去も、「よい未来」をつくるためには必要な出来事なのです。
『「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!』
著:苫米地英人
私がモヤモヤと考えていたこと、それはまさに、
この抜粋部分とドンピシャでした。
「私はあれも、できない。これもできない」
そうやって、過去の自分から未来を考えていたのです。
それじゃダメだーーーーー!
なりたい自分になるためには、なりたい未来から逆算しなくっちゃ!
ということで、
今から、そう35歳から、不安を振り切って望みます。
では、何をやるかというと、
●英語
●ダイエット
●株
この3本柱に取り掛かります。
今まで、やろうとしても、本気でやらなかった3点セットです。
結局やらなかったから、いつまで経っても、諦めがつかない。
そして、目標がないと、終わりがないということなので、
目標もたてます。
●英語 →TOEIC900点代へ・・・
でも試験がコロナで実施なしなので、練習問題で600点代を7月にとること
●ダイエット →今より10キロマイナスへ・・・
ただ一気に痩せて戻っても意味がないので、8月までにマイナス3キロ。
●株→一か月後の7/8までに投資したい銘柄を5つあげること
現状は不安定なので、無理に投資はしないが、投資できるまでにはもっていく。
あああ、何を隠そう、目標も設定も、めちゃくちゃ苦手なんです。
目標とか、すぐに忘れて踏み倒すの・・・。
そうやって、流れてきたんです、今まで。
でも、英語大っ嫌いだったのに、フィリピンに行ってちょっとは勉強するかと思えたり、
筋トレや食事制限なんてしたことなかったのに、少しずつできていたりもする。
だから、やってみようと、してみよう。
過去からの逆算じゃなくて、未来からの逆算。
「あんな時もあったよな〜」って、懐かしく振り返りたい!!!